日本の和美を様々な場面で探してみる。そんな場所です。


by irokeseikatu

紙文化-千代紙-

色彩美を織りなす千代紙

木と紙の真髄が集まる日本文化。
私達の生活のまわりには必ず紙がある。

無地の紙から様々な模様のあるものまで・・・・・・。

ちょっそそんな紙の文化のひとつ、千代紙の世界を

覗いてみよう。

b0074374_1210992.jpg










千代紙の歴史は1700年前の京都まで遡る。

かつて天子(天皇)が生活する宮廷でのみ使わ れる奉書紙として用いられおり、
品格があり奥の深い文化であった。

千代紙には二通りあり、京千代紙と江戸千代紙がある。

京千代紙とは、京都でつくられた千代紙のこと。
贈り物の包装紙として用いられた絵奉書(※1)が、木版摺りの技術と結びつき、
量産されるようになった。
江戸時代になると貴族の伝統的な文様が主流だったが、
町人向けの需要が増えるにつれ、京都の風土・行事にちなむ文様が増えている。



江戸千代紙は、江戸で作られた千代紙。
京都の上流階級だけで使われていたものが、江戸に伝わり、
大衆にも手に入れられる千代紙となったといわれている。
京千代紙の奉書紙は高価すぎて庶民には手が出ない素材。
そのため江戸の人たちは、手に入れやすい和紙を使って奉書紙の雰囲気を再現した。
手先の器用なまねっこ日本人ならではの文化発展である。

(※1)奉書…コウゾ、クワ科の落葉低木の皮の繊維で作った最上等の和紙。

また大名とその家族に広く用いられるようになるとともに、
江戸の錦絵を 売る店で扱われるようになっていく。
錦絵とは日本独特の華麗な多色刷りの木版画のことで、
当時の浮世絵師によって色付けされ、値段もお手頃となり、
一気に庶民に広まったそうだ。
千代紙の絵柄は1000種以上あり、なかには1枚に何日もかかる多色刷りという
手間暇かけた豪華絢爛千代紙もあったとか。
江戸千代紙の柄の中でも、当時特に人気の高かったのは歌舞伎を 題材にしたもの。
江戸城の侍女たちは、こぞってお気に入りの歌舞伎役者と関係のある柄 の千代紙で小物を作り、きゃーきゃーと騒いでいたという話もある。
ま、今でいうアイドル生写真の発祥?とかもしれない。

そんなちよ紙。
江戸千代紙を扱っているのが台東区にある千代紙の版元、いせ辰さんである。
初代店主辰五郎が店を開いたのが江戸末期の元治元年(1864年)。
以降、旧き良き「花のお江戸」の文化を伝え続け、
東京唯一の江戸紙芸の店として現在にいたる。

三代目辰五郎は歌舞伎役者との親交が厚く、
歌舞伎や江戸風俗をあら わした千代紙作りに専心した。

江戸千代紙は、版画と同じ手法で版木に何度も色をのせて刷り、
紙は四国・伊予の 高級和紙を取り寄せたもの。
使う色の数だけ手間がかかる。
しかも手作業ですから1枚1枚同じ柄でも風合いが違う。

小狭な店内には色鮮やかな千代紙が百花繚乱に集う。
その一枚一枚を食い入るように魅入る顧客。
外国人も多く、「うつくしーーーー」「ワンダフル」「エキサイティング!」などと叫びながら
楽しんでいる様子を見ると、誇れる日本文化ここにありとついつい鼻高々になってしまいそうだ。

ちよ紙もいろいろな使い方があり、
空き箱に貼り付ければ風格ある箱に。
額にいれて壁にたてかければ、趣あるタペストリーにと
個々の楽しみができるすぐれもの。

もちろん、プレゼント用の包装紙として使えば、
送った先も喜ぶだろう。

人形を作ったり、小物を包んだり、紙の良さを感じられる千代紙。

自分の着物と同じ柄の人形を作るという達人もいるそうだ。

燃やせばすぐに消えてしまう紙。

されど、日本には色気ある紙文化がある。
昔から受け継がれてきた日本美あふれるこの世界を

楽しみたいものである。


読んで頂きありがとうございます。日々、色気あるものを探して精進いたします。

 押していただければ励みになりますので、よろしくお願いいたします。

b0074374_12325033.jpg



いせ辰 谷中本店
場所:〒110-0001台東区谷中2-18-9
電:03-3823-1453
営業:10:00~18:00
休:元日
[PR]
by irokeseikatu | 2006-04-23 12:34 | に・小物